TAの田中さんがナチュラルビューティーだった話と佐々木を通報した話、それから村上春樹を少し見直した話

今日は一限がなく、その割には曇っているからという理由で洗濯もせず、結果的にはこれが正解だということになるのだが、2限のジェンダー論のゼミに出席した。少し遅れて部屋に入るとTAの田中さんは今週はメガネを外しており、それはそれで魅力的であったのだが、教授のおばちゃんの方はと言えば、新しくかけ直したパーマが性毛のようになっていて、ぴったりとしたヒョウ柄の服を着、口紅は赤く、その上腹はポテッと三段腹で、真正面の席だったにもかかわらず僕はあえてわざとらしく笑いをこらえた。ゼミが終わると外は雨が降っていて、質疑応答の時間にしゃべりすぎたこと、質問をかくれみのにして自分の意見をしゃべり、噛み合ない話を繰り返していただけであったことを激しく後悔し、反省し、とりあえず今日の発表者の人には来週謝らねばならないと思った。今日よかったところは、教授を一瞬だけれども感情的にさせることができた点のみだと思う。時間を無駄に潰してしまって、しゃべりにくい雰囲気をつくってしまって本当に申し訳ないと思う。それから空腹を忘れるために図書館へ行きレインウェアの汚れを眺めていると、単位を取り急いでもしかたがないという考えが湧いたので3限を履修しないことに決めた。それからあさっての英語の授業で点という概念に固執しすぎる教師をどういうやり方でやっつけるか考えて、ひとしきり考えた後、実行したらまた後悔するのだろうなと思い、とどまった。最近は行動するたびに、そして行動しないたびに後悔をしているような気がする。昨日友達に頼まれてフランス語の教授に、著作にサインをしてもらったのだが、そのときのまんざらでもない気持ちを隠そうとする教授の態度や厳密な字を思い出し、そういうかわいいおっさんもいるのだということで諌めた。けれども先週の体育の時間にまじめにやっていたにもかかわらず動きが奇抜すぎると言われたことも思い出して、いろいろとぶり返しそうになり、カレンカーペンターに良く似た顔をしたフランス語の実習の方の教師と顔を合わせて結局2コマで帰宅した。英字新聞はフットボールの記事だけ読んだ。雨はだいぶ強くなっていて、レインウェアの手入れをしなくてはいけないなと思った。やっぱり謝るのは大げさだからよすことにした。
ソファに横たわってどうしようもなくダメだったレコード紹介の本を読み捨て、レイモンド・カーヴァーの全集(訳村上春樹)を読んでいると、とてもいいところでインターホンが鳴った。扉についた穴から外をのぞくと僕と同じくらいの年の妙な男がのぞかれているとも気づかずにしかめ面をして立っている。「はい」と返事をすると「新しく朝刊を配達することになった佐々木です。粗品を受け取ってください」と間の抜けた声で抜かすので、「どこの新聞ですか?」「読売新聞です」「うちは新聞を取っていませんが」「粗品だけでも受け取ってください」「結構です」という会話をした。ここで粗品を受け取ると後々大変なことになる、と2ちゃんねるに書いてあったからだ。彼はすごすごと引き下がっていたっが、僕のアパートの各部屋のインターホンを片っ端から鳴らしだしたので、このアパートのどこにどんな人が住んでいるのか興味があったの僕は穴から外を覗きつつ聞き耳を立てた。後に110番をしたときには電話に出た婦警さんに「おかしな人が来たと思ったので」と言ったが、それは要素の半分でしかない。結局ほとんどの家が留守で僕の真上の部屋にはおっさんのような声の人が住んでいるということしかわからなかった。すると、佐々木が再び先ほども回って留守を確認した部屋のインターホンを執拗に鳴らし始め、時折扉を殴る音をが聞こえてきたので、僕は警戒を始めた。一階に戻ってくると(僕は一階に住んでいる)僕の家のドアの前に立ち、じっと表札をにらんだ後、見られているとも知らない彼は穴越しに僕をにらんで、向かいの部屋のインターホンを執拗にならし、ドアを殴った後、向かいの部屋の表札を外してどこかほかの部屋の郵便受けに突っ込んだ。僕が鍵を開けてドアノブをまわす音を出すと、佐々木はあわてて逃げていった。ちょっとまずいことになったと思ったが、他人の家の郵便受けをあさって他人の家の表札を探し出して元に戻すのも逆に僕が悪いことをしているみたいでためらわれたので、数分迷った後に通報することにした。通報中も佐々木が近所の民家を回っている音が聞こえて(京都はそれくらい静かなところである)妙な感じだった。スパゲティを茹でていると交番から僕と同い年ぐらいの警官が来て、玄関に置いてあるビリヤードのキューを持ったマネキンに一瞬たじろいだ後、いろいろと僕に質問し、いそいそと帰っていった。少しのびたクリームスパゲティを食べながら、結局向かいの人の表札は元に戻らなかったし、向かいの人は帰ってきて表札がないことに気づいて結局不審に思うだろうし、僕は真相を知っているけれどあえてインターホンを鳴らしてしゃべりに行くのもなんだかかえって僕が怪しいし、警官にも玄関に置いてあったマネキンのせいで唐突に通報をした僕が不審者に思われてしまっただろうし、と通報をしたことにまた後悔の念を抱いた。そして、この事件に関わった3人の年齢がだいたい同じだったことに対して、自分が社会を構成してもよい年になり、社会を構成する人間になっているのだという実感が湧いた。
試しにバナナを冷蔵庫に入れてみたら、たった一日で皮が真っ黒になってしまった。その後再びカーヴァーの全集を読みはじめ、村上春樹のあとがきに差し掛かって間違えて最終巻から借りてしまったことに気づいたのだが、彼がカーヴァーの作品に対する感想やもっとこうしたらいいのではないかという意見の的確さに僕は感服した。カーヴァーの言葉を引用してよくない小説について語っているところではそっくりそのまま自身の小説にもあてはめてみたらどうかと言いたくなるような所もあったけれど、だいたいは的確であった。彼は小説を読んだり味わったりする力はあると思う。そしてそれをきちんとわかりやすい言葉に変えて説明する力もあると思う。思えば村上春樹が書いた評論調のものを僕は全く読んだことがなかった。もっと村上春樹に小説を紹介してほしいと思った。彼を馬鹿にしすぎていたことを三たび後悔した。
今外を、PUFFYの曲をきれいにデュエットする二人組が通った。やっぱり来週もTA の田中さんがメガネをかけていなかったら、ゼミのみんなに謝ろうと思う。